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人を動かそうと思ったら、まず自分自身を動かせ」  
byソクラテス

2012年03月20日

何故周りの大人は子どもに指摘しないのか? 「エコキャップ運動:「多くの命助けたい」 藤戸台小4年生が寄託−−和歌山 /和歌山」

毎日新聞にこのような記事が載ったようです。

『エコキャップ運動:「多くの命助けたい」 藤戸台小4年生が寄託−−和歌山 /和歌山』
http://mainichi.jp/area/wakayama/news/20120320ddlk30100482000c.html

和歌山の小学生がペットボトルのキャップを集めて寄付をしたそうです。
その数7万1800個
ワクチンの数にすると約89人分とのことです。


一般的にペットボトルのキャップ800個で一人分のワクチンになります。
そして、ワクチンひとつの価格は20円です。
(参考URL(エコキャップ推進協会):http://ecocap007.com/Q_A.html

では、金額になおしてみましょう。
今回のワクチン数と20円を掛けるとその価格は
1800円です!

単純計算ですが、キャップの数とその価格(150円と仮定)を掛けると
1077万円になります。


もちろん活動は金額だけが目的ではありません。
そこで記事から読み取れる子どもの目的を探してみます。

それはすぐに出てきます。
「一人でも多くの命を助けたい。」

これは活動をしている子どものとても、とても大切な気持ちです。

周りの大人はこの意志を尊重し、また道を間違えないようにする責任があるはずです。


では、ここまでの計算などを踏まえて考えると、
子どもたちの周りの大人がその責任を果たしていると言えるでしょうか?

活動をするときに大切なことは
「手段と目的」です。

今回のこの記事の子どものケースで考えるとこうなるでしょう。

目的=「一人でも多くの命を助けたい。」
手段=キャップの回収


ここから分かることは、子どもの目的・希望は
「命を救うこと」です。

あくまでキャップは手段でしかありません。
しかし、記事の後半を読むと「これからも集めたい」
となっており、手段と目的の逆転の危険性があります。

そして何よりも、キャップを集めるよりももっと確実、
かつ効果的な方法があることが忘れられています。

それはとってもシンプルなこと。

新しく買うペットボトルの量を減らす

ということです。

簡単に言えば500ミリリットルのペットボトルを買うときに、
2リットルのペットボトルで代替できないか?
と考えるということです。

我慢をして寄付をすることは望ましくありません。
生活の一部を改善し、その結果として生まれた余裕で貢献することが
ボランティアだと思います。

4回に分かれていたものを、
1回にまとめることが出来たら、
約300円くらいの節約になるでしょう。

その半分でも寄付すれば150円の寄付になります。
それを10人の方がしてくれたらそれだけで1500円です。

また、キャップの保管費用、輸送費用も小さくありません。
キャップを貯めるためにゴミ袋を使用したり、
集めたキャップを輸送するために費用がかかったりすると、
結局のところ寄付する金額以上の経費がかかる可能性があります。

もし、ペットボトルを使用する量を減らし、
そこで浮いたお金を寄付するのであれば、
銀行から振り込むだけで終了です。

CO2も発生しません。
無駄になるお金もほとんどありません。

さらにそもそものペットボトルの使用量が減るので、
環境への影響も少なくなります。
(キャップを集めてもそれを運送するのにCO2が発生します)


私はこの方がよっぽど環境にも、世界への貢献にも望ましいと思います。


小学生の子どもたちの善意の心を無駄にしないためにも、
周りの大人の方々には子どもの目的を叶えるためのサポートをもっと
しっかりとして頂きたいです。

また、今回の記事を作成した毎日新聞さんは
「人」を見ていないと感じてしまいます。

取材して記事にしただけで終わり。
そこにいる取材対象の方、特に今回であれば子どもたちに、
何の支援やアドバイスを行わない。

「ただ」美辞麗句を並べて、その背景に問題がないのかを調査しない。
その程度なのか?
と私は思ってしまいます。


子どもたちの行動は素晴らしいです。
それを報道してくださった毎日新聞さんも素晴らしいです。

しかし、大人であり、マスコミである毎日新聞さんは、
その行為が最も望ましいのか、もっといい手段がないのか、
そういったことのフィードバックを子どもたちにするべきではないでしょうか。

それはマスコミとかは関係ありません。
ひとりの大人としての責任です。

ただ、それは周りの親や教師の方々にも言えることですが。


「善意」による行動が「正しい」とは限りません。

キャップ集めに走るのではなく、
どうしたらワクチンを買うための費用を集められるのかを考え、
今回の経験を活かして、どうしてキャップがこんなに沢山使用されているのか
を突き詰めていけば、もっとよい方法が生まれるはずです。

そしてそれこそが学習です。

この子どもたちの周りの誰かが指摘してくれることを願うばかりです。
posted by ヤホー at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月04日

仕事が「面白い」とは

「面白い」仕事とは何か?


人によって異なりますが、私なりの考えを書いてみようと思います。

私にとって「面白い」仕事とは、
これから未知の可能性が広がっていることです。
ただ、未知と言っても何となく断片を感じられるような。

例えば私が就職活動をしていた時期であれば、
「排出権取引」「省エネ」などでしょうか。

時期的にも丁度よく、東京都では各種の補助金制度などを作られました。
そして運よく、関連する仕事をすることも出来ました。

結果はさておき、国際関係などと照らし合わせた場合、
確実に仕事が発生する、これまで経験したことがない人のほうが多い分野に関われる、
一応そういった読みは当たりました。

ただ、私は中小企業に勤める身であり、お客様も個人や中小が多いため、
継続して利益を生み出す仕事にはしにくいと考えています。

ですが、各種の申請作業や、各部の先輩方、お客様との打ち合わせなど、
各種の経験をつめたことは大きかったと思います。

ただ、この分野の限界も感じました。
価格競争は激しいですし、最終的にはコスト比較になりかねない世界です。
(そうさせないのが仕事ですが)

また、私の勤める会社のような立場から仕事をするよりも、
もう一段高い段階で仕事をする方がうまくいくと感じています。


そんなこんなを思いつつ、
ずっと温めていた考えを実行に移すため、大学院への進学を決めました。

辞めようと考えていたのですが、一年間は勤めながら通学しようと考えています。
(夜学の大学院のため)


こうしたらどうだろう。
あれとあれの架け橋になれるのでは?
こうすればもっと社会がよくなる。
結果としてビジネスになるのでは?


論文のための調査をしつつ、それをビジネスに近い形にするために、
日々想像しています。


うまくいくかなんて分かりませんが、
これをやって失敗しても後悔しない自信があります。

失敗しても反省して、次につなげれば何の問題もありません。
人生なんて回り道してなんぼです。

生きるか死ぬかを決めるのも自分自身です。

生存権があります。これは権利です。
ただ、権利をもらうと義務が生まれることがあります。
日本であれば勤労の義務や納税の義務です。

ただ、権利を手放すのは自由なのかもしれません。
であれば、「死ぬ」ということも一種の権利かもしれません。

まあ、私はまだ死にたいと思いませんし、
やりたいこと、挑戦したいことは山ほどあります。
時間が足りるかな?と思います。


『「面白い」仕事』とは何か。

私は人生をかけても後悔しないものだと思います。
(もちろん、家族や配偶者、子どもを大切にすることも含めますが。)

そして、それは誰かから「与えられる」ものではありません。
「面白そうな」仕事なんてありません。
自分自身で経験し、悪戦苦闘していく中で作られるものです。

私にとって「面白い」は万人にとって面白いではありません。
これは何事でも同様です。

自分自身が「これをやりたい!」というものがなければ、
どんな企業にいっても面白くはなりません。

もし、企業に入って経験すれば見つかるはず!
と考えるのであれば、企業にこだわる必要はありません。

大企業や有名企業一辺倒はやめ、中小にも目を向けるべきです。

海外にもライバル、お客様がいる企業であれば、
外国語力などがなければこの先難しいでしょう。

そして大企業の大部分はそういった企業です。
企業はドライです。

使えなければ入れ替えるのは仕方のないことです。
企業の第一の目的は「利益」だからです。

少子高齢化は企業をさらに外向きに加速するでしょう。
市場が海外になれば、日本人同士の競争ではなく、外国の方との競争にもなります。

そのときに勝負のできる知識や経験、外国語力などを身に付けておく必要があります。
そういった競争に耐えられるのかを考えることも必要です。

逆に国内だけに目を向けている企業も数多くあります。
規模は小さい、給与も安いけれど、潰れることはまずない企業や業界です。

何が自分に適しているのか、
何が自分にとって面白いのか。

いろいろと考えていくことが大切なのでしょう。


最近読んだ本



posted by ヤホー at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 就職活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月05日

ユニクロの採用活動 学年の垣根を取り払うけど。

少し前のニュースですが、
ユニクロが大学生の学年に関係なく、
通年で採用活動を実施することを表明しています。

きっと悪いことではないのですが、
ただ疑問が色々と浮かびます。


まず第一に。
大学一年生でも採用のチャンスがあるのであれば、
高校卒業の子に受けるチャンスを与えてもいいのではないか?

ユニクロの採用サイトを見ると分かりますが、
新卒採用の対象は大卒の方です。

高卒の方については特に明記していません。
大学1年、2年の段階でも採用の可能性があるということは、
大学で学ぶ知識については何も期待していないということでしょうか。

なら、大学に進むこと自体に意味がないような気がします。

なぜなら、大学に入学する学力があればいい!!
って宣言しているようなものだから。

日本の大学は皆様が知るように、
入学が大変で、卒業は比較的簡単です。

でも、本当に大切なことは大学で何を学ぶかです。
もちろんひとつの手段としてユニクロのような企業の方針に乗ることも
いいのだと思います。

でも、学生の本業を忘れてはいけない。

考えてみて欲しいが、
「ユニクロ」
という企業で柳井氏以外にどのような方を知っていますか?

もしも、働く方にとってもとても望ましい環境であるのなら、
もう少し社員の方や店長の方にスポットが当たってもいいのでは?
と思います。(そんな企業まずないですが)

例えば下記のサイトには有価証券報告書などから
年収や従業員数などを出しています。
http://www.nenshu.jp/code/9983.htm

気になるのは
店舗数に対する従業員の数。
従業員の勤続年数。

若い人を採用しているので、
短くなってしまう部分もあるのでしょうが、
従業員の数の推移などと合わせてみると何となく不思議に感じます。


色々書いてきましたが、
私はユニクロが好きです。

障碍者雇用の実施など、尊敬する行動を多くしているからです。


今回の大学生なら学年を問わない採用も決して間違いだけとは思いません。
本当に問題なのは、受ける側です。

自分自身で判断する力が弱く、周りに流され、
自身が何をしたいのかを見つけられない。
ただ、「なんとなく」ですごしてしまう。
しかも、勉強にも身を入れないため、せっかく大学にいったのに、
専門と言えるもの、熱中できるものを言うことができないような状況。

文系だから、理系だからというのは嫌いですが、
どうしても比べてしまうと文系はそこが弱いです。

理系では実験があり、仮説を立てながら進めていくことが多いです。
それは社会においても重要な力です。

理系であれば否が応でもやらなければいけないことがあるでしょう。

一方、文系は求められるものが必ずしも大きくありません。
(大学にもよりますが)

どちらも一長一短がありますが、
レベルの低い大学が増えたがために、
平均的な大学生の力は落ちてきているのかもしれません。
(私は文系でした)


どんな問題も、自分自身の問題として扱えるかどうかが重要です。
年金制度が破綻してきているのは、当時の国民が何も考えていなかったからです。
なぜか「他人事」と考え、負担はすべて将来世代に押し付けました。

己が動くことで世界が変え得る事は証明されています。
あとは、やるかやらないか次第です。
posted by ヤホー at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 就職活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする